かつて、結核は国民病として恐れられ、罹れば時としてそれは『死』を意味し、確実な治療法がありませんでした。そうと診断されれば、人里離れた療養所に隔離され、大気、安静、栄養療法と称して、絶望的な暗澹たる日々が待っていました。昭和26年、厚生省が結核予防法を施行してその撲滅に乗り出した結果、次々と有効な薬が登場して、死因統計がとられてからずっと続いていた首位の座から少しずつ後退していき、昭和50年代に入るとその死亡率は激減しました。医療行政の点では大きな標的が無くなり、入れ代わって次第に増えつつあった疾患群を成人病(最近の言い方では生活習慣病と呼ぶのが適当とされてきている)として、新たな取り組みが始まりました。
ところがこのところ、過去の病気になったかと思われていたその結核がまたじわりじわりと増え始めています。わが国に於ける結核の罹患率(致死率も同様)は、恥ずかしい事に、いわゆる先進国の中では際立って高く、第2位のドイツの倍で、首位なのです。ですから又勢いを盛り返す素地は十分にある訳であり、加えて、世界の最長寿国、それも人類の歴史上
類をみない短い年数での長寿化が大いに関係しているのです。
結核は主に飛沫感染で、感染を受けた人の数%が一生のうちに発病します。肺内に入り込んだ菌はそこに定着して増殖し、胸部レントゲンでは見つからない程の小さな病巣を作りますが、大部分の人は発病せずに免疫が与えられ、ツベルクリン反応が陽転します。戦後間もない頃まではこの様な初感染に引き続いての発病が90%以上を占めましたが、最近ではかなりの時期を経てからの発病が多く、老人結核と言われる所以です。1997年時点で罹患率は全年齢を通じて人口10万人対34、但し年齢差が大きく、20才代で20、70才代で100、等々。男女比は全年齢で2
: 1、特に40才以後では3 : 1となります。
現在の結核の発病は40才以上が80%と高率であり、これらの発病の殆どが、上記の初感染の病巣が崩れたり悪化したりしたものです。つまり殆どは肺内生残菌の仕業なのです。高齢者はいろいろな疾患を持っている事が多く、全ての臓器の抵抗力が減弱していて様々な菌に侵され易いのですが、肺内に生残菌を持っているとなればなおさらです。
軽症の場合は自覚症状のない事もあり、偶然に胸部レントゲン検査や集団検診で発見されます。肺の場合は咳・痰・発熱(38度C以下の事が多い)、更に、疲れ易い・食欲がない等の全身症状が加わりますが、2週間以上にわたって咳・痰・発熱が続き、普通のかぜとして治療を受けていても改善が見られない場合は、結核を疑っての検査が必要です。
私事になりますが、小生は信州大学病院在勤中(主たる研究は呼吸器ではありませんでしたが)診療の場では呼吸器を主とする内科であった為、10年間に何回となく結核病棟勤務があり、当時としては殆どあらゆるタイプの結核に関してかなり勉強させて頂きました。この体験が少しでもお役に立てば、と願っております。