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ドクター三原の
ワンポイント・アドバイス
  
新型インフルエンザあれこれ

 

 

  
 メキシコに発生したブタ・インフルエンザ・ウイルスがヒトに感染し、ヒトからヒトへの感染がおこった。それが北米大陸に飛び火し、その地と人の行き来が多い国々にも拡がった。国際空港における必死の水際作戦にも拘わらず遂にはわが国でも感染者が出て関西地区を中心にあれよあれよという間に感染者が増加した。潜伏期が季節性インフルエンザよりも少し長いといわれ、そのためもあってか、水際作戦をかいくぐってしまった感染者が何人か出た。インフルエンザ・ウイルス(以下IVと略)は元々が水禽性の渡り鳥のウイルスである。それが長い年月の間にヒトもその生活圏に取り込まれてヒトの間でも毎年流行がみられるようになった。

 一般に動物からヒトに感染し、それがヒトからヒトへの感染が(IVからみて)効率よく起こるようになった時、それを新型インフルエンザと呼ぶ。その際、既に存在したウイルスがそのままヒトの体に入り込み増殖をするのではなくて、ヒトの体の中で増殖できる新しいウイルスの誕生を意味する。ウイルスは「生物と無生物の間にある」と表現されることもあるように、ある種のウイルスは結晶化することが出来、結晶から再び生きた細胞の中で増殖するという生物としての特性を回復する。ウイルスは絶対寄生的な存在なので、生きた細胞の中でしか増殖できない。

 今回のIVには従来の抗ウイルス薬が奏効し現在までのところわが国では重症者は1人もでなかった。欧米諸国からは、日本のとった対策は大げさに過ぎたとの批判もあったようであるが、あらゆる可能性を考慮して対策を立てることは間違ってはいない。ただ今回の流行ですら、マスクがない、IVの簡易検査キットがない、抗ウイルス薬がない、等第一線の医療機関を震撼させるような事態が起こった。「もし感染が考えられる人は先ず居住地の保健所へ連絡」となっていたが、実際には直接医療機関を受診した人も少なからずいたから、できるだけ症状で判断して、乏しい検査キットは最後の決断の場面だけに使うようにし、もしA型が出たらと思うと薄氷を踏む思いの毎日であった(油断は出来ないにしても、幸い終息の気配をみせているので今回の流行に関しては過去形でもよいであろうか?)。

 IVにはA、B、Cの三型があるが、ヒトで季節性の流行を起すのはAとBである。鳥IVにはHA抗原とNA抗原の2種類の抗原があり、IVが狙った細胞に入り込めるためにはその細胞の表面にそれを受け入れる構造(受容器)がなくてはならず、受容器がなくては感染は成り立たない。その取り付きを担うのがHA(赤血球凝集素)と呼ばれる糖タンパク質である。鳥では全身の殆どの細胞が鳥型IVに対する受容器を持っている。

 DNAとかRNAと略称される遺伝物質の働きはタンパク質を組み立てている20種のアミノ酸の組み合わせを決めることにあり体のどの部分にどのタンパク質をどのように配列するかにある。IVの遺伝物質はRNAであるがHAの働きにより細胞質内に侵入したIVのRNA分節は各々別のタンパク質をつくるための遺伝情報を独立して持っており、それぞれ専用の酵素の働きで侵入した細胞内でタンパク質の合成と遺伝情報の複製が行われて、親と同じIVが出来上がる。そのIVがその細胞から放出される時に働くのがNA(ノイラミニダーゼ)で、HAには16の亜型が、 NAには9つの亜型があることが判っており、(16x9=)144の亜型があることになる。そしてH1N1とかH5N1などと表され、これらの亜型は自然界の鳥類の間で引き継がれているだけではなく、これに由来するさまざまなA型IVがブタ、ウマ、クジラ、アザラシなどの動物に適応し、それらを宿主として自然界で維持されている。

 通常はこれらのウイルスは同じ種の間だけで感染を繰り返しているが時に種を越えて他の種へも感染する。今回の新型IVはそのブタからの感染である。A型IVが宿主としている動物の種類の数は計り知れない。何故なら不顕性感染(ウイルスを宿していても無症状)であり、それ故A型IVは地球上最大規模の人畜共通感染症と考えられ、人類は常に後手にまわりながらその脅威から逃れることはできない。過去120年間にヒトの間で流行したA型IVはH1、H2、H3の3亜型に限られているが144亜型があることを考えるとそれらは全亜型のごく一部にしか過ぎない。

  鳥IVは主に渡り鳥(カモ類)の間で感染しながら維持されていて、本来このウイルスは弱毒性(低病原性)である。鳥の間では感染は気道と腸管に限られ不顕性であり、外見的には感染の有無は全く判らない(産卵力が少し低下するともいわれてはいる)。それに対して強毒性(高病原性)ウイルスはニワトリなどに感染すると全身(臓器を選ばない)感染を起し罹ったトリは100%死亡する。渡り鳥の場合、夏の営巣地である北極圏などでは、糞便とともに排泄されたウイルスが湖沼の水を汚染し、これを飲んだ鳥が感染し、秋から冬にかけて越冬地である、人や動物の多くいる、南方へウイルスを運び、そこに住み着いている鳥やニワトリ、ブタなどに感染をひろげる。感染した鳥の糞便中には、1gあたり1000万個もの感染力のあるウイルスが排泄され、ウイルスは生きた細胞の中でしか増殖できないが、糞便中では非常に安定で37℃では6日間、34℃では36日間も生きているという。

 鳥は飛びながら排泄を行うから、飛び散った糞便が自動車のタイヤや人の靴底について運ばれ又は乾燥して粉塵とともに運ばれ人への感染源になりうる。かって日本の農村でもそうであったように、鶏糞が肥料として使われたり、養魚用の餌として水中に撒かれたり、更に人に近い存在としては愛玩用として飼われている小鳥や闘鶏など中国や東南アジアの国々ではまだまだ各種の鳥と人との接触の機会が少なくない。又、死んだ病鳥を食べた犬、猫、ねずみも感染源としての危険性をはらんでいる。強毒性のH5N1型鳥IVに感染した鳥では、その血液、内臓、肉、卵などにもこのウイルスが多量に含まれている。感染したニワトリやアヒルなどの内臓(肉)は中心温度が75℃程度になるまで加熱しないと危険といわれ、鶏肉は冷蔵庫に保管されても一ヶ月くらいは感染力が殆ど低下しないともいわれる。又、生の鶏卵を食べて感染した例もあるとのこと。

 今回のブタ起源のH1N1型インフルエンザは、地域によっては死亡者も出たが(幸い日本では重症者も出ずに収まりそうではあるが)、今度いつ何時大流行を惹き起こすかも知れない強毒性H5N1型トリIVに対しての行政や住民の対応の仕方を検討する機会を与えてくれた。今度の流行でみる限り不十分な面ばかりが目立った。地域による対応の差、予防、検査、治療に関わる品々の予想もしなかった入手難。発熱外来とはいってもそれが出来た所、出来ない所。マスコミの力を借りて「それらしい症状がある人は先ず地域の保健所へ連絡」とあれほど繰り返し呼びかけてもそれを知らない、又は無視する人。見えない敵に対して万全の予防体制を作り上げるなど所詮は無理なことではないかと思い知らされた。そのことが教訓になったといえばそれまでであるが、負の教訓を放置しておいたのではそこからは何も生まれない。今回の流行を反省材料にして更なる予防体制を構築し直さなければならない。

 この地球上には殆ど無数といっていいウイルスが存在する。それらウイルスの遺伝物質はRNAかDNAかである。IVはRNAウイルスである。このRNAウイルスは非常に変異や交雑を起しやすいとされ、感染を繰り返す度に毒性を増したり、潜伏期が短くなっていったり、増殖速度が速まったりする。変異や交雑が多いということはそれに対する安定したワクチンが作り難いということである。人類はかつて猛威をふるった天然痘を撲滅したが、それは効果の安定したワクチンを作ることができたからであり、そういうワクチンが作れたのは天然痘がDNAウイルスであったからであった。因みに天然痘はわが国でも古代における最大の疫病で734年(天平6年)帰国の遣唐使が病原体を持ち帰ったといわれ、その翌年から737年に亘って大流行があり、藤原鎌足の次男、不比人(ふひと)の四男子で南家、北家、式家、京家を起して政界に藤原氏一族の権勢を見せつけた武智麻呂(むちまろ)、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂は何れも737年にその大流行に遭い次々とこの世を去った。光明皇后も不比人の娘であり、藤原氏は皇統にそのDNAを入れた。

かくてIVに対する、人類が翻弄されながらの勝ち目のない戦いは続く。
   

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