<第43回>
漆工芸(品)の歴史と現状 その43
讃岐漆器 その6
「幻の印籠」と呼ばれ40数年振りに姿を現し、公共の施設の所蔵となって多くの人達が自由に目にすることが出来るようになった名匠 玉楮象谷の代表作の一つ、「一角印籠」は、高さ8.6cm、幅5.5cm、厚さ2.9cmの偏円筒形で挟家(さや)は黄白色のイッカク材で作り、池の中に生えた蓮が主題で彫られている。その彫られた動植物の種類と数が凄い。荷葉(ハスの葉)55枚、花30、池の岸に太湖石(たいこせき:溶解して奇形を呈した石灰岩の塊。庭園または植木鉢などに置いて観賞する。もと中国太湖に多く産出。日本では岐阜県大垣市金生山・きんしょうざん に産出―広辞苑)を2つ置き、その石の上や水の中に亀343、蟹443、蛙41、葉や茎に蝸牛27、蜻蛉24、蝿9、蜂4、蝶26、玉虫2、ばった3、きりぎりす4、こうろぎ2、かまきり4、くも18、おけら2、むかで5、カブトムシ1、雀19、さぎ7、かわせみ1、せきれい2、がちょう3 が彫られているという。その総数は1086、動物だけだと999という。拡大鏡を使って彫ったというが限られた面積の中にこれだけの生物、無生物を掘り込んだ技法は本当に凄いと感嘆する。是が非でも高松へ行ってそれを見なくてはと思う。
日本の漆芸の繊細な美を高めたものにこのような印籠、根付、鞘塗がある。印籠の蒐集で有名なのは故高円宮であった。その蒐集品はかっては図録でしか拝見できなかったが、今は東京国立博物館に寄贈されて、その本館(旧館)の一室がそれらの常設展示に当てられており誰もが気楽にその蒐集に接することができる。清少納言は「枕草子」の中で“小さきものは美しきかな”といっているが、生物でも無生物でも限りもなく小さい存在があるという事実は本当に自然界の驚異である。
戦国の世にあって、武将たちの出で立ちは、頭の先から足先に至るまで漆芸品の塊であったといっても過言ではない。そればかりではなく、乗っている馬の装備も鞍から鐙(あぶみ)にいたるまで漆芸品の展示であった。象谷もこうした馬具の漆芸に手を貸していて、彼が加飾した鞍や鐙が残っている。
小さくて美しいものは数多あるが、日常用いている光学顕微鏡が1000倍までは解像出来るのでそれで観て感心を通り越して感激すら覚えるのは(植物の)花粉や蛾や蝶の鱗粉である。もし清少納言が現代にあって、美しき小さきものが、数百倍から千倍にも拡大されて観ることが出来れば、かくも大きくなされたるものは醜きかな、となるであろうか? 電子顕微鏡での拡大に至っては最早原形を留めず、かくも巨大にされたるはもとの形知り難く美しといふも愚かなり となるのではないだろうか?
東京国立博物館のMuseum shopへ行くと殆ど全国の展覧会などの図録が販売されていてそれからその催しの内容のみならず日時まで判るが、図録はかって著作権の問題があったりして爾後値段が少し上がった。それでも内容からみた価格は格段に安くお買い得の参考資料である。もし同じ内容が単行本として発行されるとその価格は図録の何倍にもなる。京都国立博物館がそのようなことを何回かやったが、箱入りの豪華本に化けて価格は万単位になった。今から丁度10年前に東大出版会から「展覧会カタログの愉しみ」という分担執筆の単行本が発行されたが、図録のみでなく広くカタログの有用性を論じていた。